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【アラベスク】  第14章 kiss



第3節 晩餐会 [4]




「迷惑って何だよっ」
「そ、それは、お前達のやってる事があまりに過激で、だからそれはっ」
「か、過激」
 途端、言葉に詰まる聡。だが
「それは、それはお前が俺の気持ちを理解してくれないから」
「だから、それはもう理解したって」
「っんなもん、理解したうちに入るかっ」
「入るっ!」
「入らないっ! 理解してたら、俺がそう簡単に諦めない事くらいわかるだろっ!」
「お前がそこまで諦めの悪いヤツだとは思わなかったんだよっ」
「あぁ、諦めの悪いヤツで悪かったなっ。俺は絶対に諦めないからなっ!」
「いい加減にしろっ!」
「いい加減にするのはそっちだろっ! だいたいなぁ」
「あのっ」
 おずおずとした声音にギンッと睨みを飛ばす美鶴。だが、その視線の先で困ったような表情を浮かべる幸田に、美鶴はあわっと両手を口に当てた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いえ、謝っていただかなくてもよいのです、ただ」
「ただ?」
 一同の視線を受けて、幸田はちらりと背後へ視線を投げた。
「そろそろお食事に致しませんか? お料理が冷めてしまいます」
「あ」
 一瞬にして現実を理解した三人の表情に、プッと井芹が噴出した。





「んな格好してたら、風邪ひくぞ」
 声と共にふわりと肩に柔らかい感触がかかり、勢いよく振り返る。
「聡」
 呼ばれて少し肩を竦めてみせる。
「なに一人で浸ってんだよ?」
「別に浸ってなんかないわよ」
「じゃあ、こんな真っ暗なバルコニーで、一人で何してた? 幽霊でもいたか?」
「ふざけないで。私、霊感なんて皆無なんだから。ただの熱冷ましよ」
「俺も」
 言いながら美鶴の横に並ぶ。
「いい風だな」
 火照った頬に夜風が心地よい。
「瑠駆真は?」
 無言で顎を動かす聡。指された先を見遣り、今度は美鶴が肩を竦めた。肩のブランケットが暖かい。
「だからぁ、アタシわねぇ」
 ワインのビンを片手にすっかり酔いの回った井芹に肩を抱かれ、逃げるに逃げる事のできない瑠駆真。反対側に座っている木崎が懸命に宥めようとしているが、うまくいかないようだ。
「荒れてるな、イブなのに」
「ストレス溜まってんでしょ。社会人だもん。そう言えば、昼間の仕事でワガママな子の相手をしたってグチってたな」
 少し離れた席では、幸田が他の使用人と談笑している。暖かな光に包まれた室内は華やかだ。使用人だけの寂しいイブだと言うわりには、かなり賑やかなパーティーだと思う。それとも、美鶴たちが居るからだろうか?
 時折声をあげて笑う幸田からは、初対面の時の、少し冷たい使用人といった印象は見られない。
 楽しそうだな。
 もしそれが本当に自分のお陰だというのなら、来て良かったと、少し思う。
 たとえ、霞流慎二が居なくとも。
「はぁ」
 バルコニーの手すりに手をかけ、夜空を仰ぐ。晴れているから星は出ているのだろうが、部屋の明かりが漏れてくるので、それほどは見えない。
 明るい。そして暖かい。
 結局は瑠駆真と聡も加えて始まったパーティーは、ムードメーカーの井芹がいたせいもあって、かなり賑やかに盛り上がった。
 そんな華やかな雰囲気もあるだろう。暖房の効いた部屋が少し暑いと感じ、タイミングを見てバルコニーに出てみた。
「星、見えないな」
「うん」
 答えながら、横を向く。
「意外とサマになってるじゃない」
「そうか?」
 言われて聡はピロッと上着を摘む。
 ヨレヨレのトレーナーが、今では品の良いジャケットに変わっている。
 こんな服を素早く用意するなんて、幸田さんって、実は軽くコスプレ好きだとか?
「せっかくですから、お二人も少し(めか)してみませんか?」
 などと言いながら幸田が出してきた上着。さすがに中はTシャツだが、それでも少しはサマになる。
「でも、この靴がな」
 言いながらポイッと上げて、長い足の先にひっかかる革靴を見せ付ける。
「歩きにくいったらないな。社会人になったら毎日こんなの履くのかよ」
「それは職業次第じゃない」
「できるなら遠慮したいね」
 うんざりとした表情で、手摺に手を乗せる。そうして、ゆっくりと頬杖をついた。
「そっちこそ、ワリと似合ってるじゃねぇか」
「お世辞は聞き飽きた」
「素直じゃないな」
「いつのも事でしょ」
「マジで言ってんだぜ」
「はいはい」
「ったく、マジなんだぜ。そんな格好されたらさ、少しくらい手を出したくもなる」
 軽い冗談のつもりで言ったのに、美鶴の身体が硬直した。そうしてすばやく二歩下がる。
「あ、おい」
 次の瞬間、背を向けて去ろうとする手首を慌てて捉える。
「ごめん、冗談だよ、冗談」
「離して」
「嘘だよ。冗談、何にもしねぇって」
 だが、それでも訝しむように無言で見上げてくる。
 仕方ねぇよな。
 心内でため息をつく。
 今まで、さんざんな事してきたワケだし。
「ホント、マジで何にもしねぇからさ」
「本当?」
 疑う瞳に、心が揺れる。
 イブの夜。風が揺れる、薄い明かりだけが漏れてくるバルコニー。そこに二人だけ。しかも相手は美鶴で、それはもう見惚れてしまうくらいに変化した姿で目の前に立っている。
 綺麗だ。
 数時間を一緒に過ごした今ですら、胸がドキドキする。
 本当は、抱きしめてみたいと思う。掴んだ手首を引き寄せて、そのままこの腕の中に入れてみたいと思う。きっと柔らかくて暖かくて、それだけで夢心地に陥ってしまうに違いない。もしその唇に触れる事ができたなら、それだけできっと幸せになれる。
 だけれども、それは、今は許されない。
「しないよ。何もしない。こんな所で手なんて出せるワケねぇだろ」
「じゃあ、場所が変われば出してくるのか?」
 溢れそうになる想いをギュッと胸の奥に押し込め、努めて平静に答える。
「しないよ」
 冷えた空気が肺に沁みる。
「もうしない。しないからさ、もう少しここに居てくれよ」
「どうして?」
「話が、したいんだ」
 言いながら、握り締めた手首へ視線を落とす。
「とりあえず、まずは謝らないと」
「何をよ?」
「今まで、いろいろと悪かったよ。その、押し倒したりとか、その他にもいろいろと」
「もういいよ、その話は」
 聞きたくないよ。思い出したくもない。
 耳を塞ぎたいのを必死に堪えながら美鶴は俯く。
「もういいよ」
「ごめん。でもこれだけはわかってくれ。俺は本当にお前の事が好きなんだ」
「私は」
 そこで美鶴は息を吸う。
「ごめん、私は聡の事は」
「言うな」
 強引に遮る。同時に掴んでいた手を離し、バルコニーから庭を見下ろす。漆黒で、どこに何があるのかさっぱりわからない。そんな暗闇へ向かって繰り返す。
「言うな。今は言わないでくれ。聞きたくない」







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